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    発掘! 梶原皇刀軒さんと中村泰三郎さんによる抜刀の妙技!

    • 2012.02.02 Thursday
    • 11:13
     ボクは昔、梶原皇刀軒という刀剣研磨処でアルバイトをしていたことがある。その時の詳しい話は、こちらに書いているので、ご興味がある方はぜひお読みいただきたい。梶原皇刀軒の記事一覧


     今日はちょっとした調べものをしていたところ、なんとyoutubeでこの梶原皇刀軒二代目の映像を発見したのでご紹介しよう。白黒テレビ放送の時代なので、きっと録画撮影ではなくて生放送じゃないかと思うけれども、見事に一刀両断の切れ味である。後半に出演される中村泰三郎先生も滑る竹にしっかりと刃を立てて一撃で切り落としていらっしゃる。


     


     こういう映像を見ると、やはり剣道の竹刀と抜き身の刀の操法は根本的に違うものだなと感じる。個人的なつたない経験では、刀を持った時には「うまく斬ってやろう」という思惑が生まれてしまって、その思惑が心を乱して、手元を狂わせて、刃が立たない状態を作ってしまうのだろうと思う。いついかなる時にも平常心を保っていた武士の存在は、やはり人間としてみても不思議な存在である。その不思議な人種を生み出した日本もまた不思議な国である。


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    真剣! まき藁斬り

    • 2009.05.22 Friday
    • 16:16
     ボクが以前、刀研ぎのバイトをしていたことは、このブログでも書いたことがあるが、覚えていらっしゃる方はいるだろうか。この現代の世で、刀研ぎという職種があることをご存じの方もそんなに多くはないだろう。刀は鉄で出来ているので、湿気の多い日本では簡単に錆びてしまう。そのため、名刀といわれる刀は定期的に研ぎに出さなければならず、そうした受け皿として刀研ぎを専門に行う刀剣研ぎ師という職業がある。


     刀は、切っ先三寸といわれる一番先端から三寸までが命だそうで、その切っ先三寸でないとキレイに斬ることはできないとよくいわれている。現代には不要な知識かも知れないけれども、刀を持った相手と戦う時は、できるだけ相手の懐に入れば致命傷は免れる……かも知れない。


     刀は、それぞれ世相を反映していて、鎌倉時代の刀は騎馬の上から振り回せるように幅が厚く、大振りで無骨な刀が多い。対して、戦国時代に作られたような刀だと、白兵戦で使いやすいように、短くて軽めの刀が多い。鎌倉時代からずっと生き抜いてきた刀は、何十世代も刀剣研ぎ師によって研ぎ澄まされ、今でも生き続けている。


     ボクがアルバイトをしていた研ぎ師は、梶原皇刀軒という屋号を持っていて、「まき藁」を使った試し斬りを行う流派の家元でもあった。野太い竹に水で湿らせたまき藁を巻き付け、真剣で斬り落とす。二代目梶原皇刀軒のおじいさんが、時々演舞をみせてくれたのだけれども、ある日、二代目に呼ばれたことがあった。


    「おまえさんも斬ってみるか?」


     ご存知の通り、刀というのは決して安いものではない。なまくらな刀なら二束三文で買えるだろうけれども、二代目の愛刀は、それ相応の名刀だろうと思われ、(斬りそこなって刀身が曲がりでもしたら大変だ)と尻込みしていたところ、


    「大丈夫、ちゃんと言われた通りすれば斬れるから心配ない、ほれ」


     そういって、二代目は、彼の愛刀をボクに手渡した。二代目に教わった通りに、礼法を行って、生まれてはじめてまき藁に対峙する。ボクの心の中は、大事な刀を曲げたらどうしようという恐れがなかったわけではないけれども、同時に、二代目がいいというのだからいいや、と開き直っていたところもある。


     心を凪いだ水のように落ち着けゆっくりと刀を振りかぶり、ただ素直に斜めに斬り落とす。すーっという感覚とともにまき藁は斜めに斬り落とされた。無心という感覚がぴったりくる瞬間だった。ドサっという音とともに斬り落とされたまき藁は土の上に転がる。別段、やったという喜びもなく、ただ目の前のまき藁を斬り落としたという体感覚だけが残った。


    「ほれ、斬れるやろ?」


    「もう一回いいですか?」


     ボクは二代目をみて笑みをこぼした。二代目は、「もちろん」と、別の刀を持ってきてボクに手渡した。


    「では、これでやれ」


    「刀を変えるのですか。では、頂戴します」


     ボクは、鞘を抜き払い、再びまき藁と対峙した。心を落ち着けて、まき藁を見つめる。と、その瞬間、いや瞬間ほどもないだろう。その刹那、ボクの心にほんの少しだけ「もっとうまく斬ってやろう」という意識が働いた。意識でそれを打ち消しながら、再び、心が凪ぎの状態になるまで、じっと待った。


     ゆっくりと刀を振りかぶり、一気にわき藁に向かって振り下ろす。その瞬間、ガツンと鈍い音とともに、刀がまき藁から弾かれた。恥ずかしい気持ちもあったけれども、刀が曲がってないかどうかが心配で動揺していると、二代目が笑いながらやってきた。


    「おまえさん、今、うまく斬ろうと思ったやろ?」


    「でも、ほんの少しです。すぐに心を落ち着けて凪ぎに戻しました」


    「では、なぜ斬れん?」


    「わかりません」


    「刀を使う瞬間は、静から動じゃ。凪いだ状態で対峙する静。一気に気を放って斬り倒す動。斬った後、すぐに凪いだ状態に戻る静。心に迷いがあれば、刀の刃は、きれいにまき藁に立たず、刀は弾き返される。おまえさんの心の中の『うまく斬ってやろう』という想いが、剣先を鈍らせたわけよ」


     あとから聞けば、初心者がまき藁を斬る場合、意外と一番最初は上手に斬れるもので、実は、二回目以降が難しいそうである。やはり、上手に斬り落としたいという心をいかに乗り越えるかが肝だと教えてくれた。


    「静から動とおっしゃいましたが、それはなんですか」


    「静から動へと瞬間的に心の状態を変えることができることで、これは鍛錬が必要じゃ。敵は待ってはくれんからな。敵が突然襲いかかってきた時にでも、すぐに心の状態を動に切り替え、敵を迎え討たないかん。剣の達人とは、そういう静から動の切り替えが、上手になったもののことを言うわけよ」


     この話を思い出している時、ボクの気功の師匠が同じようなことを言っているのを思い出した。


    「たんとう功は、スイッチを作る練習。最初は数時間かけてその状態を作る。慣れてくると、1時間でできる。もっと、慣れてくると30分でできる。さらに慣れてくると10分でできる。私は1秒で、スイッチを切り替えることができる」


     気功も、真剣まき藁斬りも、ある「ゾーン」に速やかに入ることを目的としていて、そのゾーンは、「無心」や「無我」という言葉で表現されているのかも知れない。ボク達も大好きなことをしている時は、無意識的に「無我夢中」の状態を体験しているわけで、その無我夢中の状態に意識的に超入するための方法が、こうした気功や真剣まき藁斬りなのかも知れないと感じた。


     古来、先人から培われてきた方法を淡々と鍛錬することで、ボク達はそうした「ゾーン」に入ることができるようになる。このゾーンに入った心の状態を、どうやって社会に活用していくか。または、自分達の幸せのために用いていくか。そこが鍵かも知れない。


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    刀研ぎ師から聞いた最強の剣豪とは?

    • 2009.03.28 Saturday
    • 08:14
     博多は古くから栄えた街で、その歴史は古代にまで遡る。そんな博多の西新という一画に、梶原皇刀軒(かじわらこうとうけん)という刀剣研ぎ処があった。ボクが学生の頃、よくその門前を通って通学していたのだが、古い門構えは察するに空襲を乗り越えたといった風情で、門柱に掲げられた「梶原皇刀軒」という文字が歴史の古さを感じさせたものである。


     歴史が好きなボクは、ある日ふらりとこの梶原皇刀軒を訪ね、当時すでに米寿を超えていたであろう二代目梶原皇刀軒と雑談をする機会があった。まだ学生だったボクを相手に、二代目は、気前よくさまざまな名刀を出して披露してくれた。数時間の雑談の中で、いろいろな面白い話を聞くことができたのだが、皇刀軒をおいとまする時に、二代目が「うちでアルバイトをしなさらんか」と言って下さったので、喜んで引き受けた。


     そんなある日、二代目が刀を研ぎながら、「おまえさんが思う、もっとも強い剣豪は誰か」と尋ねてきた。ボクは、刀を研いでいく二代目の手元を眺めながら、「うーん、宮本武蔵ですか」と答えると、二代目は「いや、多分違うな」と答えた。


     ボクはさらに「では、上泉信綱」、「柳生但馬守」など知っている限りの剣豪を並べ立てたが、いずれの剣豪の名前を出しても、二代目は首を縦に振らずただ黙々と刀を研いでいた。


     ボクもさすがに「年寄りの暇つぶしになど付き合ってられない」とばかりに、最後は「皆目、わかりませんが」とぶっきらぼうに答えると、二代目は、研ぐ手を休めてボクをじっと見つめた。


    「本当に強い剣豪は、世に名前など知られておらぬ無名の剣士だったはずです。真に強い者は、己の功名心などに興味はなく、ただひたすらに自己との戦いの毎日です。昔ですら、『あいつは強い』と知られただけで無数の腕に覚えがある連中が、勝負を挑みに来るわけです。真に強い者は、自分が強いことを知っているので、むやみに他流試合などする必要もなく、ただ日常を生きていたに過ぎないのです。そして、それがゆえに名前が残っていないというわけです」


     今なお浅学で若輩のボクなのだけれども、当時はさらに輪をかけて世間知らずでヤンチャなガキだったボクは、(なるほど、そうかも知れないが、納得はできんな)と、それっきりその話はうっちゃっておいたのだが、それから二十年あまりを経た今になって、やっと二代目が言わんとする意図がつかめるようになってきた。


     おそらくすでに亡くなっていらっしゃるであろう二代目との約一年に渡るいろいろな雑談は、心にたくさんの種を蒔いてくれた。その種も実にたくさんの種で、一年で芽を出したものもあれば、こうして二十年経って芽を出したものもある。


     さあ、この剣豪の話から、みなさんは何を自分に問いかけるでしょうか。この話が、みなさんの心に種を蒔くことになれば、二代目梶原皇刀軒の種が、また時空を超えてみなさんの心にも蒔かれることになるのだろう。それがまた楽しみである。



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