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    ベネツィア終焉時の状況が日本の今に酷似していることについて

    • 2012.12.28 Friday
    • 11:49
     はやいものであっという間に師走も押し迫って、大晦日まであと僅かといったところ。ひさしぶりに「なかのひと」を観てみたところ、さまざまな会社や組織の中の人が、このマイナーブログを見に来てくださっているようであらためてありがたい気持ちでいっぱいである。今年もさまざまなことがあったけれども、たぶん年内最後になるだろう今日は、ベネツィアの終焉でしめたい。


     


     今では世界屈指の観光都市として知られるベネツィアは10世紀から14世紀にかけてが全盛期であった。日本の歴史に照らしてみると、平安時代の菅原道真が生きていた頃あたりから鎌倉時代末期・室町時代初期あたりがその全盛期に当たる。ベネツィアは経済活動を優先したため、中世キリスト教国で流行したような異端審問や魔女狩りとも無縁だったし、現在の複式簿記を使い始めたりと当時の中世国家としては異色の存在である。有言実行、謹厳実直でありながら、さなざまな謀略暗殺も辞さず、情報の重要性に早くから着目して各国に大使や情報提供者を常駐させるなどして、大国間を渡り歩いて千年の繁栄を築いた。今のイタリア人からは想像もできないしたたかさである。


     ベネツィアの栄華に翳りが見えはじめるのは、トルコ人によるオスマン帝国の覇権が少しずつ地中海に及ぶようになってからである。領土という「面」で覇権を進めるオスマン帝国に対して、港湾都市などの「点」を押さえて、制海権を維持しようとしたベネツィアは、善戦しつつもゆっくりとオスマン帝国に地中海の拠点を奪われていき、次第に体力が奪われていく。さらには、これまで地中海を経由していた貿易航路が、新しく他国によって開発された新航路に取って替わられるなどして、交易で飯を食べていたベネツィアの国力は、この面でも少しずつ衰退していくことになった。


     最盛期には外交手腕を駆使して、ある時にはオスマンと戦端を開き、ある時にはオスマンと和平に持ち込み、ある時には敵の敵は友とばかりに同盟を組むなどして、時勢を冷静に見つめて分析し国家の舵取りを行っていたベネツィアだったけれども、18世紀末には政治を担当していた指導者層である元老院なども動脈硬化を起こし、100年ほどの平和が続いていたことで、陸軍という組織は皆無という状態だったようである。


     そんな時にフランス革命が発生する。当初、無政府状態となったフランス国内では、怒りのはけ口を当然に国外に向けることで事態収拾が図られるだろうと危惧したフランス駐在ベネツィア大使は、元老院に対して「他国はフランス革命の余波に対抗して自国を守るべく自軍を強化し、同盟などを結んでいる。非武装中立という祖法を後生大事に守っていてはベネツィアの将来は危うい。この非武装中立政策を見直す時は今だ」と力説した。しかし、元老院は「武装するには金がかかるし……」という理由でこの大使の提案はなかったことにされる。


     その後、何度も現地の情報を見聞した大使などから「このままではベネツィアは危ない。同盟はなくとも再軍備だけはするべきである」と提案がなされるけれども、元老院は「フランスを刺激してはいけない。我が国は非武装中立が国策である」と譲らない。


     事態は刻々と変化する中、遂にあのナポレオン・ボナパルトがフランス軍イタリア方面司令官として赴任してくる。破竹の勢いで快進撃を続けるナポレオン軍がベネツィア領の寸前にまで迫ってくる。ナポレオンはその配下の兵士たちに「聞け、兵士たちよ。目の前にあるのが豊かなイタリアだ。さあ、これを征服できるか、勝つことができるか、勝利はお前たちにないものを与えてくれるだろう」と演説をぶちあげモチベーションアップ、さらには現地駐在ベネツィア高官に「ベネツィアがフランス軍の要求を聞き入れないなら武力で手に入れるだけだ」と恫喝する。


     しかし、この時ですら、ベネツィア政府は「本土担当総司令官」をナポレオン軍の面前に派遣しただけである。それも、司令官とは名ばかりで兵隊もいない総司令官という役職だけ派遣して事態を解決した気になっていたのである。フランス軍、それに対抗するオーストリア軍の狭間に立って軍事力を持たないベネツィアは双方に「ベネツィアは中立国だから」と声高に叫ぶけれども、戦時に言葉は武力の前に力を失う。


     フランス軍は、ベネツィア政府に断りをいれることなく、ベネツィア領ブレシアに駐屯。それに抗議したベネツィア政府高官に対してナポレオンは「なんだよ、この抗議は。これはベネツィアのフランスに対する敵愾心の現れだろうが。もういい、復讐してやる! ベネツィアを破壊し尽くしてやるからな!」と激怒する。さらには「お前たちベネツィアはフランスとは友好友好と言っているが行動は全然友好じゃないじゃないか。お前たちがフランスと仲良くしたいならオーストリアに宣戦布告しろ。もうお前たちは信用できない。実はフランス本国にベネツィアへの宣戦布告の打診をしているのだが、今はその回答待ちをしているところだ。首を洗って待ってろ」とまでいわれてしまう。


     これに対してベネツィア高官は「国際法に基づいて真摯に対応することを求める」とやりあうが、もともとベネツィアを潰すつもりでやる気満々なナポレオンには話し合いなど通じない。ここに至って非武装中立は、所詮はお互いに遵法精神のある国家間同士でしか機能しないことに元老院は気づくが、それでもまだ非武装中立の夢を捨てきれずにいたのである。手をこまねいて無為無策を続ける元老院の耳に、ベネツィア領の中でも最重要都市であったベローナがナポレオン軍の軍門に降ったとの情報が飛び込んでくる。


     ここでやっと事の重大性に気づいた元老院は、自衛目的に限定した軍隊として自衛隊を組織する。といっても、再軍備賛成が119票、再軍備反対が77票なので、こんな状態になっても再軍備反対派が77票もあったのかと思うと愕然としてしまう。まるでどこかの国を見ているようである。


     ともあれ、なんとか再軍備の準備を整えて戦費、兵隊も集めるには集めたが、ここで大きな問題が起こってしまう。なんと部隊を率いる指揮官クラスがまったくいないという大問題である。百年の平和によって、ベネツィアは軍を指揮する最高クラスの司令官、部隊長クラスの中級指揮官、最小単位の小隊長などの幹部クラスの人材育成をまったくしていなかったのである。つまり、指揮官がいない兵隊などは烏合の衆であり、これで戦争の天才であるナポレオンを撃退しようというのだから、かつての現実主義ベネツィア元老院はどこに消えたのかという想いを感じざるをえない。


     ベネツィア政府が重い腰をあげて再軍備を始めたことを伝え聞いたナポレオンは、ベネツィア高官を呼びつけて尋問を加える。「ベネツィア国内での自衛隊の再軍備はあれか? フランス軍に対抗するための再軍備だろう? もしベネツィアがフランスとの友好を唱えるなら、48時間以内に武装解除せよ。でなければ、フランスはベネツィアに宣戦布告する」と警告を突きつける。


     急ぎ本国に戻った高官から事態を聞いた元老院は、「軍事組織は自衛のためということをあらためてナポレオンに説明して話し合いをすること。フランス兵はベネツィア人の心の友であることを政府から布告すること」で事態の解決を図ろうとする。もうここに至っては開いた口が塞がらない。軍事力を持たないということはこういうことであるという良い見本である。


     その後、オーストリア、イギリス、スペインの三国による対フランス同盟への参加要請に元老院は「ベネツィアは非武装中立が祖法である」として参加を拒否。さらにはフランス政府側からもフランス・ベネツィア同盟を締結しようと打診を受けるが、こちらも「我が国は非武装中立である」として拒否。ナポレオンが文句をつけた再軍備に関しても「純然たる自衛のための組織だから、話せば分かってくれる」と心の中で決めてしまったわけである。


     しかし、ナポレオンは「ベネツィア人の敵であったオスマン帝国などはもう斜陽国家ではないか。お前たちの国境を脅かす脅威などは存在していない。なのになぜ再軍備なのだ。お前たちの妄想が再軍備を助長しているのだ。もし、わが軍とベネツィアとの間に戦端が開かれるのなら、それは私が悪いのではない。ベネツィア政府が悪いのだ。どのみち、フランス軍はベネツィア政府の圧政から人民を解放してくれた解放軍として後世に渡って感謝されるだろうぜ」と挑発する。


     この挑発文はベネツィア元老院でも読み上げられたが、「ここに至っては万事休すであるからナポレオンに屈服しようではないか」という議員たちが156人。反対に「国破れて山河ありじゃねえか。まだ負けたわけでない。千年の歴史をここで消すのか? 徹底抗戦しよう!」という議員たちが42票という状態になった。


     さて、その後、ナポレオンから正式に最後通牒がベネツィア政府に発される。いつナポレオン軍がやってくるか、囚われて殺されるか、奴隷にされるかという恐怖でいっぱいの貴族たちは、フランス軍に無抵抗で降伏することを決定する。聖マルコ広場に集まった千年の都市国家の民たちは、自分たちの国が消滅したことをこの時に知ったのである。


     話し合いで物事が解決するのは、双方ともに法を守る者同士である場合に限られる。戦時には多くの場合、法は無視されるわけであるから、相手が法を遵守しない場合の措置をリスク管理としてとっておくべきであった。安倍総理の国防軍計画を右翼的だとか、右傾化だとか、さらには「軍隊ってこわーい」と嘆いている女子たちも多いだろうが、国防のための戦力を持たないということは、結局、こういうことなのである。なぜなら、人間の脳はこの頃から進化していないからである。やる気満々の中国政府と日本との関係に当てはめてみたとき、みなさんはどんな教訓をこのベネツィア終焉から学ぶことができるだろう。


     愛すべきベネツィアは、その後フランス、オーストリアなどに併合され、最終的には統一イタリアに編入されて、観光都市としてその亡骸を現代に残している。いま、私たちが見ることができるのは、血が通っていた往時のベネツィア共和国の「抜け殻」なのである。


     ということで、今年もありがとうございました。また、来年もよろしくお願いいたします。


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