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    ノルカソルカの月形町、福岡と北海道を繋ぐ月

    • 2012.02.15 Wednesday
    • 11:34
     札幌から東北へちょっと進むと小さな町がある。直線距離でざっと40キロちょっとの場所にある町の名前は「月形町」という。月形ときいて「なぬ? 月形?」と反応して下さった方もいるだろう。この月形という名前はあの月形洗蔵(つきがたせんぞう)を輩出した月形家と同じ月形に由来している。


     月形洗蔵は、福岡藩の幕末の志士で、あの西郷隆盛から「志気英果なる、筑前においては無双というべし」と称された傑物である。「春雨じゃ、濡れてまいろう」という名台詞で知られる月形半平太の苗字はこの月形から採られている。ちなみに半平太はご存知、武市半平太から採られているそうである。


     この月形洗蔵もきっとイノベーターだったのだろう、時代の二歩くらい前を突っ走り、薩長同盟を起草するなど筑前勤王党のプレイングマネージャーとして活躍をしていたのだが、福岡藩の保守派による巻き返し「乙丑の獄(いっちゅうのごく)」で斬首されてしまう。士分であるのに斬首されるのだから福岡藩保守派の恐怖と怒りはよほどのものだったのだろう。


     長州藩でも、福岡藩と同じように保守派(俗論党)による巻き返しが起こり、改革派(正義派)が大量に弾圧される事件があった。見つかれば死罪は間違いないという危険な状況の中、ひっそりと福岡藩に逃亡してきたのが改革派の高杉晋作である。その高杉晋作を野村望東尼に紹介して平尾山荘に匿ったのも月形洗蔵で、きっとこの頃は無聊をかこっている高杉晋作といろいろな話をしてビジョンを膨らませていたのだろう。その後、彼は下関の功山寺で蹶起し、俗論党の追い落としに成功、これで長州藩は倒幕というアウトカムを全藩士が共有することになって一枚岩の盤石な体制を得ることができたわけである。


     いったい、この差はなんだろう。この違いをもたらす違いに着目してああだこうだと妄想を膨らませてみよう。妄想は自由である。筑前勤王党は壊滅、土佐勤王党は壊滅するも後藤象二郎らによって志は受け継がれる。長州の正義派は保守派の一掃に成功して維新の主役に躍り出る。何かが原因となって、それぞれ異なる結果が惹起されたのだから、この違いを考えることは現代日本のこれからを考える上でとてもいい教材である。


     さて、月形に話を戻すと、乙丑の獄で斬首された月形洗蔵には月形潔という甥がいたようである。叔父である洗蔵が斬首された時に潔は十九歳。当時の十九歳なら成人と変わらないだろうが、潔は殺されはしなかったようで、明治維新後、警察に出仕し西南戦争の鎮圧部隊の指揮をおおせつかっている。


     この辺りが歴史の面白いところで、武部小四郎、越智彦四郎など乙丑の獄の遺児達は西南戦争に呼応して福岡の変を引き起こしたが、叔父を乙丑の獄で失った月形潔はなぜか西南戦争を鎮圧する部隊の部隊長として活躍している。その頃の彼の心中はどういうものだったのか……。ここも妄想のしどころである。さあ、妄想、妄想。


     その後、ロシアの南下政策への対応から明治政府は北海道を急ぎ開拓する必要性に迫られる。そこで、囚人を使って効率的に北海道の開拓を行おうじゃないかという話となり、月形潔もその責任者の一人として北海道の樺戸へ移り、囚人達と一緒になって開拓に汗を流したのである。


     この頃の囚人といっても、相次いだ士族による内乱の逮捕者が中心だったようだから、金のために強盗殺人などを犯したという無法者ばかりではなかったのだろう。だからこそ、月形らを中心として効果的な開拓が進んだに違いない。その後、月形は病を得て福岡に戻り静養、明治二十七年に死去。樺戸の村民達は月形の功績を称えて、町の名前を月形町にしようじゃないかと提案。これが政府に認められて、現在の月形町になったそうである。


     不思議なところで繋がる北海道と福岡。乙丑の獄で月形潔が殺害されていれば、月形町もなかったに違いない。その月形家の屋敷跡は、今でも福岡城の南にある小高い丘陵地帯に遺っている。本当は自前の写真でご紹介したいのだけれども、haichaolu さんのブログの写真がとても素晴らしいので、そちらのブログアドレスをご紹介しておく。リンク先をクリックして、現在の月形洗蔵屋敷跡、加藤司書下屋敷跡などをご覧いただきたい。月形町の名前の由来となった月形家は今でもこの地域に居を構えている。

     野村望東尼誕生の地石碑:赤坂ウォーキング(1):上海下町写真館2010


     月形洗蔵も、加藤司書もまったく派手さがない。いや、むしろ地味である。しかし、そこがいい。今では泣く子も黙る坂本龍馬も当時はあまり知られておらず、むしろ中岡慎太郎の方が有名だったという話もある。近江屋での坂本龍馬殺害事件も、実は中岡慎太郎を狙っていたとする説もあるようで、有名になるかならないかは、ひとえに後世の作家やマンガ家、あるいは脚本家の手にかかっているのである。しかし、後世名前が挙ろうと挙るまいと、彼らの人生の輝きはいささかも劣ることなく、闇夜を照らす星屑のように今も天空に輝いている。それがペルセウスであると分る人には分るのである。


     さて、現代日本……。幕末維新明治の頃と比べて国内・国際問題は複雑を極めており、政治、経済、金融、戦争のすべてが繋がって動いている国際社会の舵取りは至難の業である。日本の物価は高い上に経済の悪化によって給料は頭打ちどころか下がる傾向にある。加えて、日本人より安い給料で日本人より能力の高い労働力が海外に腐るほどあり、わざわざ日本人を高額で召し抱えるメリットもない状態にさしかかってきている。国内は放射性物質で汚染が進み、残念ながら政府への信頼度も右肩下がり、野田内閣の支持率は26.4%(産経新聞とFNN調べ)にまで下がっている。おまけに地震は日本各地で群発して予断を許さない。こんな内憂外患の時代に私達は生きているというわけである。


     政治家が頼りにならないのはそれを選んだ国民の責任である。いや、国民というより有権者の責任である。頼りにならなければ頼りになる人材を育成するしか手はない。この先何年何十年かかろうとも、志と教養を併せ持った優秀な人材を豊富に社会に供給するしか日本という国が生き残る道はない。現代社会は泥舟でなんとかごまかしながら乗り切りつつも、次世代にきちんとした船で船出できるように準備を整えていくことが肝心カナメである。


     ノルカソルカ……見ようによっては、現代は幕末維新に劣らずとてもエキサイティングな時代なのである。この時代に、自分達に今出来ることは何か……それを見つけて淡々とやっていけば、あるいは日本の将来は数十年後、拓けてくるかも知れない。これが現代版の武士道でもあるだろう。また話がズレてしまったけれども、大事なことなので、このまま記事を挙げてしまおう。


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      今日は。
      弊ブログのご紹介、有難うございます。
      資金が無かった明治政府が北海の開拓に旧諸藩の力を活用した話は、どこかで読みました。
      たしか利尻島へも福岡藩から開拓団が行ったような。

      仰るとおり、無能な政治家を選ぶのは選挙民ですからね。
      それに、ジャーナリズムの堕落も衆愚政治に拍車をかけていると思いますが、
      志を無くした民を育てたのは、戦後教育の問題だったのでしょうか
      • haichaolu
      • 2012/02/16 8:33 PM
       衆愚政治が続いたギリシャは、BC30年に共和制ローマの支配下に入ってから、1830年オスマントルコから独立するまで、長く1500年近くに渡ってずっと他国の支配下に置かれてきました。日本の将来がそうならないようにするため、志としっかりとした教養を併せ持った人材を豊富に社会に提供する必要があるでしょうね。

       戦後教育はすべてがNGというつもりはもちろん毛頭ありませんけれども、やはり橋本左内の啓発録などを読んでみると、すでにあの年齢でしっかり人間として完成されつつあることが分ります。何か大切なものが現代の教育には決定的に欠けていると感じざるを得ません。そこをどう心ある成人が補っていくかが、このまま衆愚政治をひた走るか、途中で引き返すかの瀬戸際になるだろうと感じています。
      • 尉川
      • 2012/02/17 7:21 AM
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