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当たり前の灯火
ここ最近、暖かくて小春日和。夜が暖かいこともあり、また、ちょっと天体に興味が出てきたところで、「よし、月を観よう」と思って夜空を見渡すけれども、なんと月がない。いつもは天空にぽっかりと浮かんでいる、あの月がない。


あれ、なんで月がないんだ?


そうして生じたボクのちょっとした疑問。そこで、あれこれと調べていると、「今宵の月は午前1時から午前7時頃まで」とか書いてあるサイトを見つけた。


なんと、月が出る時間は日替わりかよ!


ま、考えてみれば、もっともだと納得したのだけれども、あまりに盲点過ぎてまったく気がつかなかった。太陽が昇り暮れるタイミングが変わるように、月も満ちかけを繰り返しながら、昇り落ちるタイミングが刻々と動いているということ。


そのタイミングがあまりに正確過ぎて、日常的なため、ボクには当たり前すぎて盲点になっていたということ。こういうところにも、センス・オブ・ワンダーってあるよなって今更ながらに気づく。そして、それに気づいたことにちょっとした幸せ感を感じる。


そう考えると、「当たり前」ってことは、きっとたくさんの盲点をこしらえているんだろうな。「当たり前」は大切だけど、「当たり前」からいかに飛び上がるか。人生を楽しくするためには、そんな盲点に灯火を灯していくことと比例するのかも知れない。



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次世代へ持続させること
仲の良い友人達と呑んでいて、そのメンバーの中で占星術を本格的に学んでいるという友人からいろいろな話を聞く機会があった。雑誌に掲載されている星占いは、まるで信用していないのだけれど、本格的な占星術にはとても興味があり、学んでいる最中の彼女の話に聞き入る。


秘すれば花なので、あまり言いたくはないのだけれども、やはりこうした世界は、どういうわけか厳然とした公理のもとに、現実世界にカッチリと影響を与えてきていることを感じるし、太陽が天秤座で、月が蟹座のボクとしても、「うんうん、ぴったり」と納得してしまうほどの影響力を持っている。


占星術にしろ、易経にしろ、道教にしろ、人類の叡智が積み重なって、次第に形作られてきたものは、そこにちっぽけな人間存在を軽く凌駕するような圧倒的な情報空間が広がっていて、しかもそれはひたすらに広く、呆れるほど深いに違いない。


なので、せっかく人間として生まれてきたのであれば、「己」をひたすらに研鑽することに努めつつも、その方向性として、人類の叡智を集約するその先端のひとつでもありたいという想いもあり、そのために何かを極めていくというのも、人生の選択としては面白いものかもな、とも想ったりする。


ピラミッド建築の方法やダマスカスソードなど、失われた技術や考え方なども無数にあるだろうが、今ある古来からの叡智を次世代に受け継ぐことも、大切なことかなと思って、彼女の話を聞いていたわけなのだ。地球というこの舞台をどうやって、よりよいものにしていくか。それは、現在、地球の担当をしているボク達が担っているというわけで、そこに断然、面白さと責任を感じてしまうのかも知れない。


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己を知る
考えるな



己の心をみよ



そう、龍馬伝の松陰先生はいう。
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朝に錬磨、夕べに錬磨
どうも人に言わせると、ボクの文章は「人の心をググっとわしづかみにする」ようなものらしい。それは、いい意味でも悪い意味でもそうなようで、ボクにとっては嬉しい限り。特に、このブログでは、書きたいことを勝手に書き付けているので、特段その傾向が強いかも知れない。


まだ、ネットがなかった大昔は、みな墨をすって文章を作り、檄文を書いて諸子にモチベーションを与えていったものだけれども、時代は変わっても、こんなスタイルは変わらない。


文章を書くことが好きで、ただ書いているって感じなのだけれど、1年間毎日書き付けて思ったことは、何かと何かを結びつける力が大きく備わってきたということ。


それは、たとえば、「鳥」と「旋盤工」というように、一見なんの共通項もないところに、共通の何かを見いだして、それを繋げていくということだったりする。これって、要は抽象度を上げるってことで、二つの事物の最大公約数を見いだすことといってもいいかも知れない。


抽象度の高い位置から物事を見る癖をつけることで、ボク達はいつも陥りがちな盲点から解放されて、新しい世界を見ることができるようになるわけで、それが編集や文章を書く力の源泉となっているのかも知れない。



それで、ボクが今一番欲しいものは何?って尋ねられると、ボクは躊躇なく「諸葛亮孔明クラスの軍師」と答えることができる。ボクがこうして文章を書いて檄文のようにメッセージを届けているのも、多くの方々と情報を共有したいという想いと同時に、まだ見ぬ孔明との出会いに期すものがあるからだ。


泡沫のように浮かんでは消えるアイデアやイメージを、形にできる孔明のような軍師、壱岐正のような参謀が、ボクにはどうしても必要だと痛感している。願わくば、ボクと一緒にボクの理想や夢を共有してくれる人材のあらわれんことを。


この世で得難い名参謀との出会いを、三顧の礼でお迎えしたいと想うこの頃である。そのために、ボクは龍とも不死鳥ともなって、自らを錬磨する必要があるだろうから、これからも朝に錬磨、夕べに錬磨して、心身を修めていく覚悟である。


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名前を変えようと思うに至った
そろそろ名前を変えようと思う。そういうと、みんな「おい!またかよ!」って思うかも知れないんだけど、書き物専用の名前をもうひとつ創ることにした。尉川太尊は、とてもいい名前なのだけど、これは純粋に仕事用として使うことにして、自由に物書きするための名前がやはり必要だと思うに至った次第。


なので、今、これを読んで下さっているみなさんからすれば、「尉川は尉川じゃん」って気づくだろうが、新しく読者になって下さる方からすれば、もう誰だかわからないという。そこのところが、なんか怪しくて心地よい。


LIFEとLIFEの物書きは、別名。その他の事業は、尉川太尊でいこうと思っているので、みなさん混乱なきようお願い致します。というか、このLIFEも新しい名前にしてもいいなと思っていて、なんか、こうビビッドなものにしたいリビドーが突き上げてきている。


でも、書くことって、本当に楽しい。だから、思う存分筆を振るうことができるような名前は絶対にいるのだ。名前を変えればアイデンティティが変わる。そう、そこから盲点が一気にチェンジして、新しい世界へ超入するわけだ。みなさんも、気が向いたら、ぜひどうぞ♪


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上善は水の若し
上善は水の若し、水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に處る。故に道に畿(ちか)し。居は善く地。心は善く淵。与ふるは善く仁。言は善く信。政は善く冶。事は善く能。動くは善く時。夫れ惟(ただ)争わず。故に尤(とがめ)無し。
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大問題
龍馬伝で桂小五郎が坂本龍馬に対して吐き捨てる言葉。



己の人生に関わる大問題を人に聞くな



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酒と革袋
坂本龍馬曰く、



新しい酒は、新しい革袋に。
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サムライ国家、日本
最近、日本独自の精神性を発揮して国を建て直そうという動きがあり、「サムライの国」を建設するという風潮も時々見かける。これ、総論賛成、各論反対の立場なのだけれども、現代のような混乱期には、武士が国の舵取りをするというのは、日本に関していえばとても理に適っている。


それというのも、日本の場合、平時には公家型が、有事には武家型が、それぞれ交互に国の舵取りを行ってきたのが常だからだ。大阪の陣で天下を完全に掌握した徳川家も、江戸時代になると、武家型から公家型に変化していき、幕末期には、完全に公家型の思考パターンに変化して、幕府単体で外圧に対応する力を失っていたことをみても、わかる。


しかし、本質的な意味で、「サムライ」は「軍人」なので、「サムライ国家」を創るということは、「軍人国家」を創るという意味でもあるので、ここは注意を要するところ。


「サムライ」は、「一命を賭しても守るもの」のために身命を投げ打って闘うことができる戦闘のプロだ。一個人の生命を超えたところの「何か」を守るために戦う。本来、武士は「一族郎党」を守るために、「一個人」の生命を超越するような価値観を持つようになった。それが「武士道」なのではないかなと考えている。


なので、個人的な考え方なのだけれども、「武士道」を発動するには、「一個人の生命」を超越することがどうしても必要不可欠であって、ボク達のように生まれながらにして、個人主義の考え方を徹底的に教育されてきた者には、たやすく到達しえないミラクルゾーンなのではないかと思ったりしているのだ。


そう考えると、「武士道なきサムライ」は、もはや「サムライ」とは言わず、やはりどこまでいっても「軍人」でしかないのではないだろうかと、ちょっとうがった見方をしているところ。


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秘す
秘すれば花。



隠し味は秘してもらさず
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