またも負けたか八連隊はウソだった? どうやら大阪部隊は精強だったらしい
- 2012.01.28 Saturday
- 11:31
最近は温暖化もどこへやら日本列島寒冷化モードである。東北地方では大雪に襲われているが、テレビで観たおじいちゃんは、「知恵を出してなんとかするさ」と笑っていた。さすが東北の人達の魂は鍛えられている。昔から、九州の兵隊と東北の兵隊は強かったといわれていたそうだ。東北の方は厳しい冬を乗り越えることで心と魂が錬磨されていったのだろうし、九州の方はもともと薩摩隼人などに代表されるように生まれがサイヤ人なので強いのは当たり前なのかも知れない。
昔、朝日新聞の従軍記者だったというおじいさんと一緒に呑む機会があった。そのおじいさんによれば、久留米にあった第56師団は龍兵団と呼ばれていたそうで、彼曰く向かうところ敵なしといってもいいくらいの強い兵隊だったそうである。久留米は立花宗茂公に始まる雄藩なので藩士達の質も高かったのだろう。
おもしろいことに、そのおじいさんが言うには、大阪の部隊は「またも負けたか八連隊」、京都の部隊は「それでは勲章くれんたい(九連隊)」と揶揄されていたと笑っていた。調べてみると、それほど弱かったわけではなく、むしろ精強といってもいいのではないかと思う。詳しいことは専門家にお任せするしかないけれども、この「またも負けたか八連隊」という言葉は西南戦争の後から人の口にのぼっていたようで、きっとこの八連隊の兵隊さん達は「そんなことは言わせへんで」と猛烈な武人っぷりを発揮したんじゃないかと想像する。
昔の日本は、現代の日本ほど人の行き来は激しくなかっただろうから、各師団や連隊には地方色が色濃く出ただろうことは簡単に想像がつく。昔の帝国陸海軍は今の志願制ではなくて徴兵制だったので、徴兵された地方の部隊に所属するからである。そうなると、地方地方によってある程度は強い、並、弱いが出てくるのも仕方なかったかも知れない。
しかし、やはり部隊の精強さを引き上げるには訓練しかないだろうから、今の自衛隊のみなさんもきっと猛訓練をしているのだろう。そろそろ人類は戦争や差別などから離脱してもいい頃じゃないかと思うけれども、人類の脳(特に米国の為政者やフィクサー達)がまだその抽象度を獲得していない以上、これからもしばらくは戦争も差別も避けられないに違いない。
当然に降り掛かる火の粉は払わねばならず、非攻兼愛の姿勢を貫くためにも国に精強なる部隊は絶対必要である。ボク達がこうして毎日の日常生活を送っていられるのも、彼らの猛訓練のお陰だし、彼らがこんな訓練をしてくれているからこそ、ボク達がやらずに済んでいるのだと個人的には思っている。多くの日本人が好景気の恩恵を受け街で浴びるように酒を呑んでいる時も彼らは黙々と訓練をする。多くの日本人が不景気のあおりを受けて失意の中にあっても彼らは黙々と訓練をする。誰に観られるわけでもなく、誰に賞賛されるわけでもない。でも、彼らの訓練がボク達の日常生活の安全を担保している。
言ってみれば、日本の武士の最終形態こそが、今の自衛隊なのだろう。治にいて乱を忘れずの心意気を持つ、武人達に感謝しつつ、ボク達はボク達の日常を守っていこう。今日は龍兵団について書くつもりだったのだけれども、なぜかこういう話になってしまったが、土曜日だからよしとしよう。
昔、朝日新聞の従軍記者だったというおじいさんと一緒に呑む機会があった。そのおじいさんによれば、久留米にあった第56師団は龍兵団と呼ばれていたそうで、彼曰く向かうところ敵なしといってもいいくらいの強い兵隊だったそうである。久留米は立花宗茂公に始まる雄藩なので藩士達の質も高かったのだろう。
おもしろいことに、そのおじいさんが言うには、大阪の部隊は「またも負けたか八連隊」、京都の部隊は「それでは勲章くれんたい(九連隊)」と揶揄されていたと笑っていた。調べてみると、それほど弱かったわけではなく、むしろ精強といってもいいのではないかと思う。詳しいことは専門家にお任せするしかないけれども、この「またも負けたか八連隊」という言葉は西南戦争の後から人の口にのぼっていたようで、きっとこの八連隊の兵隊さん達は「そんなことは言わせへんで」と猛烈な武人っぷりを発揮したんじゃないかと想像する。
昔の日本は、現代の日本ほど人の行き来は激しくなかっただろうから、各師団や連隊には地方色が色濃く出ただろうことは簡単に想像がつく。昔の帝国陸海軍は今の志願制ではなくて徴兵制だったので、徴兵された地方の部隊に所属するからである。そうなると、地方地方によってある程度は強い、並、弱いが出てくるのも仕方なかったかも知れない。
しかし、やはり部隊の精強さを引き上げるには訓練しかないだろうから、今の自衛隊のみなさんもきっと猛訓練をしているのだろう。そろそろ人類は戦争や差別などから離脱してもいい頃じゃないかと思うけれども、人類の脳(特に米国の為政者やフィクサー達)がまだその抽象度を獲得していない以上、これからもしばらくは戦争も差別も避けられないに違いない。
当然に降り掛かる火の粉は払わねばならず、非攻兼愛の姿勢を貫くためにも国に精強なる部隊は絶対必要である。ボク達がこうして毎日の日常生活を送っていられるのも、彼らの猛訓練のお陰だし、彼らがこんな訓練をしてくれているからこそ、ボク達がやらずに済んでいるのだと個人的には思っている。多くの日本人が好景気の恩恵を受け街で浴びるように酒を呑んでいる時も彼らは黙々と訓練をする。多くの日本人が不景気のあおりを受けて失意の中にあっても彼らは黙々と訓練をする。誰に観られるわけでもなく、誰に賞賛されるわけでもない。でも、彼らの訓練がボク達の日常生活の安全を担保している。
言ってみれば、日本の武士の最終形態こそが、今の自衛隊なのだろう。治にいて乱を忘れずの心意気を持つ、武人達に感謝しつつ、ボク達はボク達の日常を守っていこう。今日は龍兵団について書くつもりだったのだけれども、なぜかこういう話になってしまったが、土曜日だからよしとしよう。


